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【社長インタビュー前編】カラオケ事業はきっと成功する。 なぜなら、歌うことは人間の本能だから。

2023.10.30

Information

歌野 繁美

エリア・役職
代表取締役社長

今から30年以上も前。1991年(平成3年)4月、コロッケ倶楽部の記念すべき1号店(黒崎店)がオープン。店を任されたのは、なんと入社1年目の若手社員、歌野繁美でした。後にボナーの社長を務めることになるとはいえ、当時の歌野は、まだ社会人ビギナーに近い25歳。カラオケ事業は、もしかすると会社の将来を左右するかもしれない新規事業でした。この思いがけない大役を、歌野はどう受け止め、どう乗り越えたのか?コロッケ倶楽部と歌野社長が織りなす、出会いと閃きのストーリーを前後編に分けてお届けします。

前向きな転職先。そこにチャンスが待っていた。

「歌野、カラオケ事業をやるのはお前しかいない。名前に『歌』が入っているし、商売繁盛の『繁』まである」

1991年1月、社長が歌野に告げたその一言が、コロッケ倶楽部の始まりだった。社長とは、北九州を基盤に広く不動産事業を展開する内山ビル(現ウチヤマホールディングス)の創業者であり、現在もボナーの会長を兼務する内山文治。歌野はといえば入社半年にも満たず、新規事業の立ち上げ経験はもちろん、カラオケビジネスの知見もない駆け出しの25歳。そんな歌野が大役を任された理由は何だろう。人懐っこい笑顔が気に入られたのかもしれない。物怖じしない性格が見込まれた可能性も考えられる。ひとつ、確かなことがある。多少の無理や激務に音を上げないタフな根性が評価されたことだ。

というのは、歌野が入社早々から社長付のアシスタントとして、社長の命ずるままに運転手やさまざまな雑用をこなしていたからだ。冒頭の社長の言葉も、業界の知人が経営するカラオケボックスを視察した帰りの車中でのひとコマだった。歌野が当時を振り返る。

「新人だから、入社後しばらくは下積みですよね。量販店で買った吊るしのスーツをヨレヨレになるまで着て、賃貸物件の管理業務に走り回っていました。その様子がよっぽど健気に見えたのかもしれません。ある日、社長が『お前、給料はいくらだ?』と。いくらいくらです、と答えたら、『じゃあ、これだけ出すから、俺のカバン持ちをやれ』と。おおっ!チャンスが巡ってきた!と思いましたね」

もともと歌野は、いつかは自分で会社を…と考えるような野心家タイプではなかった。高校卒業後、冷凍食品販売会社や生花店勤務を経て内山ビルへ。時代はバブル景気ど真ん中。不動産をかじれば何とかなる、人生を変えられるかもしれない…そう考えたうえでの前向きな転職だった。事実、20代でマンションを複数所有する羽振りのいい同僚もいたが、下積みの歌野には当分手が届きそうにない世界だった。

「その頃は社長だけでなく、社長の奥様にも『ちゃんとご飯食べてる?』と、ずいぶん気にかけていただきました。出会いですよね、人に恵まれたというか。人を大切にする、このことは今に至るまで、当社がずっと大事にしてきたことでもあります」

庶民に愛されたいから、店名は「コロッケ倶楽部」

脂ぎった野心はないが、巡ってきたチャンスは活かすしかない。歌野は、「24時間、戦えますか?」という、当時の人気CMソングの歌詞さながらに寝食を忘れ、1号店オープンに向けて奔走する。市内のカラオケ店を回り、何も知らないド素人の視点で、店のしつらえや運営手法を一通り学習。そして4月、北九州市八幡西区黒崎の自社ビルに1号店をオープン。店名は、老若男女すべての世代に愛される店にしたいという願いを込め、庶民派総菜の代表格・コロッケにちなんで「コロッケ倶楽部」とした。社長じきじきの“辞令”からわずか3か月後。走りながら考える日々が始まった。

当時のカラオケ店は、時間単位の室料で稼ぐビジネススキームであり、不動産事業にも通じる設備産業。これが歌野の見立てで、物件のフル活用を意図してオープン当初から24時間営業制を導入した。とはいえ、コロッケ倶楽部はカラオケ業界では後発の新参店だ。素人が店を開けただけで成功するほど甘い世界ではなく、全20室が埋まる日はほとんどなかった。それでも、歌野には勝算があった。

「内山社長がよく言っていました。ボウリング、ビリヤード、ダーツ… いくつもの業態がブームを呼んで拡大し、やがて飽きられて縮小していった。でもカラオケは違う。太古の昔から、それこそ文字もないような時代から、歌うことと踊ることは人間の本能。ところが日本では、住宅事情もあって、自宅で思い切り歌うわけにはいかない。だからカラオケは絶対に必要な設備であり、一過性のブームで終わることは決してない、と」

カラオケは社会に必要とされる存在。であれば、お客様に支持される工夫さえプラスできれば必ずうまくいく。成功への確信を胸に、次々に新しいアイデアを試す歌野。その多くが成果につながり、オープン当初は赤字続きだった黒崎店はほどなく黒字に転じる。

コロッケ倶楽部の快進撃が始まった。

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